山勢拓弥さんの経歴は?カンボジアでのKumaeでの活動とは?

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今回の記事のタイトルは、山勢拓弥さんの経歴は?カンボジアでのKumaeでの活動とは?です。
 
バナナペーパーデザイザーとして活躍中の山崎拓弥さんの経歴やKumaeについて調べてみたいと思います。
 

 


 
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山崎拓弥さんの経歴

名前    山崎拓弥(本名)
生年月日  1993年(2018年2月時点で24歳)
出身地   東京都足立区
出身校   Dokkyo University 国際教養学部
職業    バナナペーパーデザイナー
所属    一般社団法人クマエ代表
特技    サッカー
好きな名言 歴史は私を許すだろう

 
山崎拓弥さんですが、バナナペーパーデザイナーとしてかなり有名な方だそうです。
 
バナナペーパーとは何なんでしょうか?
 
バナナペーパーとは、バナナの木の繊維から作られる紙のことですね。
 
山崎拓弥さんは、この紙をポストカードにして販売されているようですね。
 
現地の人を従業員として雇用され、現地の地域社会に貢献されてます。
 

山崎拓弥さんの生い立ち

山崎拓弥さんですが、生まれは東京都足立区なのですが、2歳の頃に福岡県に移り住んだそうです。
 
兄の影響で小学生1年生からはサッカーに情熱を注いでいたようですね。
 
中学生の頃には、私立明治学園中学校に入学されます。
 
この学校は、福岡県北九州の中でも名門の学校として有名だそうです。
 
山崎拓弥さんは、中学生の時には北九州のトレセンのメンバーに選ばれるほどに成長されます。
 
高校は私立明治学園高等学校に進学され、サッカーを続けるのかと思いきや、バスケ部へ入部。
 
このあたりの理由は不明ですが、2ヶ月退部され、サッカー部へ入部されました。
 
サッカー部に入部されてからはキャプテンを務められ、明治学園を初の2部リーグ昇格へと導くという実績を残されました。
 
大学へ進学後はサッカーを続けられなかったようですね。
 
理由は不明ですが、同じぐらいの時期にある出会いをされていますね。
 
スーダンで働く国際NGOの理事長との出会いです。
 
この出会いの中で、カンボジア支援団体「共に歩こう」を紹介されたそうです。
 
山崎拓弥さんは「共に歩こう」代表の娘さんの想いにものすごく共感され、大学の長期休み取り、
 
カンボジアへ向かいます。山崎拓弥さん19歳の時です。
 
 
 

山崎拓弥さんのカンボジアでの活動とは?

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19歳の時にカンボジアへ渡れた山崎拓弥さん。
 
そこで見たものは、山崎拓弥さんの人生を変えるようなものだったそうです。
 
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カンボジアではごみ焼却施設がないため、ゴミが山のように積み上げられているという事実。
 
そんなゴミ山の周辺に住みながら、集めたビンや缶を売って生計をを立てている人もいるそうです。
 
このゴミ山ですが、日本のように分別などしていないため、医療廃棄物なども多いそうです。
 
この場所に入れば、何らかの病気に感染する可能性もあるのではないでしょうか。
 
当然、悪臭や汚水、ハエなど環境は最悪だそうです。
 
山崎拓弥さんは、カンボジアでの環境改善活動を本格的に始めるため大学を中退され、
 
ボランティアNGOを立ち上げることになります。
 
山崎拓弥さんは現在、「バナナペーパー」を販売することで収入を得たり、
 
活動を取材に来る方たちをガイドすることで生活費や活動資金を得ているようですね。
 
現地の方を雇用されたり、無料で日本語を学べるフリースクールを運営するなど、
 
現地地域社会に貢献されてます。
 
日本語のフリースクールの目標は、村の子供達がいつの日か日本語を使う職業に就いてもらうことだそうです。
 
バナナペーパーの販売とフリースクールの運営はなかなか上手くいかないことも多いそうです。
 
 
 

まとめ

正直な話、バナナペーパーの販売の収入というのは日本円に換算すると少ないと思われます。
 
山崎拓弥さんは、ビジネスというよりか、カンボジアに住んでいる人のためという熱い思いがあるので、
 
必ず良い結果がついてくるのではないでしょうか。

 
 
 
最後までお読み頂きありがとうございます。

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